鈴鹿の酒の歴史は古く、倭姫命が天照大神の命を受け、鎮座場所を現在の伊勢神宮に定めるまでの行幸の様子を書いた「倭姫命世紀」に味酒鈴鹿国の記述が見られます。

今も鈴鹿川流域の川俣神社では、毎年「味酒祭」が行われております。これらのことより、「うまさけ」とは鈴鹿に係る枕詞として、現在に伝えられています。(※注1)鈴鹿川の流域が、米造り、酒造りに適した地域として有名であったと考えられます。

また三重県では、但馬・越後・南部杜氏が農閑期を利用して出稼ぎに来るという季節杜氏制度が確立する明治末期までは、「伊勢杜氏」が三重県の酒造りを行っていました。「伊勢杜氏」として有名な星野友七翁は、江戸終期に、現在の員弁郡北勢町で産まれましたが、慶応元年、秋田佐竹藩にて酒造りの指導を行い酒造の改善・改良に努め、東北の名醸地秋田の基礎を築きました。

一方、酒米として有名な「山田錦」は「山田穂」を改良して作られた品種ですが、「山田穂」は三重の山田(伊勢市) で栽培されていた品種です。その昔、全国から訪れる伊勢まいりの人々が伊勢の酒があまりにも美味しいのに驚き、その原料米の「山田穂」を持ち帰り育て、それが広まり、後に「山田錦」に改良されたとのことです。

鈴鹿山脈の清冽な伏流水は、酒造りに非常に適しており、 また伊勢平野は良質な米を我々に与えてくれました。そこで、古くから鈴鹿の地には、多くの醸造業が栄えました。

当社は、 一八六九年(明治二年)に、若松村にて大黒屋清水清三郎商店 として創業いたしました。現在では、鈴鹿で唯一の蔵元となってしまいましたが、これらの伝統を引き継ぐべく、鈴鹿で産まれ育った若き杜氏が、現代の伊勢杜氏として、歴史史実に負けない「味酒」を、精魂込めて醸しています。

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